研究内容

  • 山下グループ

研究内容 - 山下グループ

 

研究目標

細胞のがん化や老化の仕組みを、DNAや蛋白の損傷に対する細胞の「ストレス応答」という視点から解明し、「がん」や「加齢」のバイオマーカーや治療標的となる分子を同定する。

図1 細胞老化、発がんにおけるストレス応答の役割(モデル)

 

細胞の「がん化」、「老化」とストレス応答

生体を構成するDNAや蛋白は、様々な環境因子や細胞代謝産物によって常に損傷を受けています。細胞はこのような「ストレス」を中和し、損傷した分子を修復して、健常な状態を保とうとします。しかし、ストレスが大きかったり、持続する場合には、細胞の不可逆的な増殖停止(細胞老化)や細胞死が亢進します。また、DNA損傷は修復過程や複製におけるエラーの多発(ゲノム不安定性)を誘発し、これが発がん遺伝子の活性化の原因となります。このように、細胞のストレス応答は、がん、加齢、変性疾患などの発症に中心的な役割を果たします。

また興味深いことに、発がん遺伝子の活性化は、「細胞老化を介する発がん抑制」と、「ゲノム不安定化を介する発がん促進」という相反する影響を引き起こします。このような活性型発がん遺伝子が引き起こす反応を「発がんストレス」と呼びますが、そのメカニズムにはまだ謎が多く、これを解明することは発がんの制御法を開発する上に重要な鍵になります。

 

最近の主な研究成果

DNA損傷やヌクレオチド欠乏など円滑なDNA複製を阻害する要因に対して、細胞は「複製ストレス応答」を起こし、これがうまくいかないと突然変異、染色体不安定性、細胞老化、細胞死などが亢進します。複製ストレス応答の分子機構は、種々のDNA損傷に対する感受性異常を特徴とする遺伝疾患の研究などから、近年著しく解明が進展しました。たとえば、先天性の造血障害を発症するFanconi貧血の原因遺伝子群や家族性乳がん遺伝子群は「FA/BRCA経路」を形成し、その欠損はDNA架橋剤に対する感受性を亢進させます。また、「損傷乗り越えDNA合成 (Translesion DNA synthesis, TLS)」に関与するDNAポリメラーゼは紫外線などに対する感受性に影響します。

私達はFA/BRCA経路 (Oda et al. Blood 2007) やTLSポリメラーゼであるPol η (イータ) (Sekimoto et al. Mol Cell 2010) やREV1 (Mayca et al. Mol Cell Biol 2011) の制御機構を研究し、これらの制御因子として熱ショック蛋白Hsp90を同定しました(図2、3)。Hsp90阻害剤は抗がん剤として注目されて開発が相次いでおり、私達の発見はその新しい薬理作用を示すものとしても注目されます。

図2 Hsp90によるFA/BRCA経路の制御

FA/BRCA経路において、核内FANCAの形成するFAコア複合体に依存するFANCD2のモノユビキチン化が中心的役割を果たす。Hsp90は細胞質におけるFANCAの安定化と核移行を促進しており、これを阻害するとFANCAのプロテアソームによる分解と核移行が阻害され、FANCD2モノユビキチン化が抑制される (Oda et al. Blood 2007)。

図3 Hsp90による損傷乗り越えYファミリー・ポリメラーゼの制御

DNA複製ポリメラーゼはDNA損傷部位で進行を停止し、損傷乗り越えDNA合成を遂行するYファミリー・ポリメラーゼ(PolηやREV1)が動員される。これには、Rad6/Rad18酵素複合体によってPCNAから生成されるモノユビキチン化PCNA(Ub-PCNA)に、 PCNA結合部位(P)とユビキチン結合部位(U)を持つYファミリー・ポリメラーゼが結合することが重要な役割を果たす。一方、Hsp90はPolηやREV1の安定性と構造を制御することにより、Ub-PCNAとの結合を促進する。 (Sekimoto et al. Mol Cell, 2010, Mayca et al, MCB, 2011)

 

進行中のプロジェクト

(1) 発がんシグナルが引き起こすゲノム不安定性と細胞老化
これらのプロセスにおいて、発がん遺伝子が引き起こす「異常なDNA複製」と、これに伴うDNA損傷が重要な役割を果たすと言われていますが、その詳細なメカニズムは明らかではありません。私たちは、これまでの複製ストレス研究で得た経験を生かしてこの問題に取り組み、この異常なDNA複製にTLSポリメラーゼが関与することを発見しました(図4)。現在その機能的な意義を追究しています。

 

(2) 熱ショック応答転写因子HSF1による細胞老化の制御
HSF1は、蛋白損傷による熱ショック蛋白の発現に中心的な役割を果たす転写因子です。私達は、非ストレス状態の正常細胞においてHSF1が活性を失うとp53/RB依存性に細胞老化が起こることを見出しました。また興味深いことに、RB(-)p53(-)の腫瘍細胞においてもHSF1の失活は同様の効果を示しました。すなわち、HSF1はp53/RB依存性および非依存性の複数経路を介して細胞老化を制御することが示唆され(図5)、現在その仕組みの解明に取り組んでいます。

図4 発がん遺伝子によるDNAの異常複製へのYファミリー・ポリメラーゼの関与

ヒト細胞株に発がん遺伝子 Cyclin Eを過剰発現させると、DNAの異常複製部位(BrdUが局在する核内フォーカス)にYファミリー・ポリメラーゼのが集積する(ここではPol ηを示す)。一方、コントロール細胞のDNA複製では、そのような集積が見られない。

 

図5 HSF1による細胞老化の制御(仮説モデル)

HSF1は蛋白損傷ストレスにより、翻訳後修飾や蛋白相互作用の変化を受けて「ストレス活性型」となり、熱ショック蛋白の発現を誘導する。一方、非ストレス状態における「恒常活性型」の活性抑制は、熱ショック蛋白には影響せず、細胞老化を促進する。この作用にはp53/Rb依存性、非依存性の複数経路が関与が示唆される。